客の女性が孫のために現金50万円を引き出すと聞き、タクシー運転手はピンときた。「詐欺じゃねえだべね」と尋ねたが、女性は「(孫の声に)間違いねえ」と繰り返す。しかし、聞けば聞くほど心配になった。説得は十数回に及び、最後は感謝の電話につながった。

 葵タクシー(福島県会津若松市)の運転手折笠浩二さん(69)=湯川村=は5月25日午後3時半ごろ、同市の80代女性を自宅から近くのスーパーまで乗せた。

 女性は以前に乗せたことがある。話を聞くと、孫を名乗る男から電話があり、トイレに300万円が入ったバッグを置き忘れて困り、いくらか貸して欲しいと頼まれた。そこでATMから50万円を引き出すため、スーパーに行くのだという。

 折笠さんはとっさに「それ大丈夫かよ。オレオレ詐欺じゃねえだべね」と聞いた。しかし、女性は「そうかと思ったら、声が、うちのがな、独特の声だから、間違いねえ」と答えた。

 それでも折笠さんは詐欺を疑い、「いや新聞さ、今日も昨日も載ってたけど、あれじいちゃんが50万取らっちゃとかさ」と翻意を促したが、女性は「声がうちの孫だから」と「孫」の話を信じ切っていた。

 約20分間の乗車中、折笠さんの説得は十数回に及び、「誰かに聞いた方がいいんじゃねえのかよ」とも伝えた。そして最後に「(孫)本人じゃないと絶対(に現金を)渡さねえ方がいいよ」と言い、女性も納得して、自宅に戻った。

 その後、女性は家族に相談し、家族からは「被害に遭うことはなかった」と感謝の電話がタクシー会社にあったという。折笠さんは「女性に、しつこいように言ったが、かえってそれがよかったと思っている。なにより被害がなかったのですから」と振り返った。

 会津若松署は2日、詐欺被害を未然に防いだとして、折笠さんに感謝状を贈った。

 生田目剛署長は「だまされているという方は、子どもさんや、お孫さんを助けたいという一心で、夢中になっている状態にありますので、周りで気が付いた方が声を掛け、注意を促すのが非常に大事」と話した。(上田真仁)

出典:朝日新聞デジタル(2021/6/9)
https://www.asahi.com/articles/ASP686S1GP62UGTB00C.html