8月の月曜の昼下がり。大阪府泉佐野市の商業施設のATMで、会社員の狭間(はざま)富博さん(49)は現金をおろしていた。
隣のATMでは、高齢の男性が誰かと電話しながら画面を操作していた。会話の内容は聞き取れなかったが、どうやら手続きがスムーズに進んでいないらしい。
見回すと、順番待ちをしていた人たちが、「おじいさん、大丈夫かな」といった表情を浮かべて男性の後ろ姿を見ていた。
高齢者、電話、ATM……。ニュースでよく報じられる特殊詐欺だろうか。考えを巡らせていると、男性の後ろに並んでいた女性と目が合った。よし、声をかけてみよう。
「すみません、だまされていませんか」
肩をつついて問いかけると、男性は振り向いて電話を中断し、不機嫌そうに答えた。
「ちゃうわ。お金をもらう方や」
違和感を覚えた狭間さんは電話を代わるよう頼み、スマートフォンを受け取った。
画面には「070」で始まる番号。電話口の男は大手銀行の「お客様サポート」を名乗り、「詐欺じゃないかとよく間違えられるんです」と愛想良く説明した。
狭間さんは、やはり詐欺だと確信し、「本当なら銀行の固定電話からかけ直してくれませんか」と求めた。すると、電話は切れた。
ほっとしたのもつかの間、今度は「もうちょっとでお金がもらえたのに、何してくれんねん」と男性が詰め寄ってきた。さらに、警察署に電話をかけ、「隣の人に邪魔されて金を受け取れませんでした」と訴えた。
ところが、電話口の警察官も、繰り返し詐欺だと男性に説得したようだった。男性は次第にうなだれ、最終的には「そうなんですか」と事態を受け入れた様子だった。
まもなく、警察官が到着した。狭間さんは状況を説明して、その場を去った。
府警によると、男性が受けた電話は特殊詐欺の一種で、「還付金詐欺」と呼ばれる手口の典型例。犯行グループが高齢者宅に電話をかけ、納めた税金や保険料の一部が戻ってくるとうそを言ってATMに誘導し、巧妙な話術でだまして大金を送金させるものだ。
男性は「医療費が9万9千円戻る」と持ちかけられ、信じ込んでいたという。
数日後――。
仕事が休みだった狭間さんに、職場の上司から電話がかかってきた。
狭間さんが渡した名刺を頼りに、男性が菓子折りを持って、助けてもらったお礼を言いに来たという。狭間さんは「わかってもらえて良かった」と一安心した。
泉佐野署の林秀樹署長は8月30日、被害を防いだ狭間さんに感謝状を贈った。
狭間さんは、大手家電量販店の「白モノ」担当のベテラン販売員。「見ず知らずの人に話しかけるのは慣れています。通報されたときは『ちゃうちゃう』と焦りましたけど」と苦笑いを浮かべて振り返り、「今後も同じような場面に遭遇したら、じゃんじゃん声をかけていきたいです」と話した。(茶井祐輝)
出典:Yahooニュース(2021/9/15 朝日新聞デジタル)https://news.yahoo.co.jp/articles/ffe6dcc19bcd3c2acd87af0e74892830a92820d4